
カテゴリー:観光学の現場から
この写真覚えてますか? 毎日新聞の旅の連載がはじまってから2年以上の年月が流れましたが、その最初の訪問地が大分県でした。大分は別府や湯布院など、世界屈指の「温泉世界」。ところが、その取材で温泉が全く無い「豊後大野市」の存在を知りました。取材前、「大分なのに温泉がないなんて」と、豊後大野行きには気が進みませんでした。ところが! 取材を進めてみると、この街が「ニッポンのふるさと性」を秘めた「ものがたり観光」のベース基地みたいな存在であることを知り、大いに興味をそそられました。
今年の1月の末に、その豊後大野を再取材しました。2年前の取材がご縁となった招きによるものです。紹介が遅くなってしまいましたが、毎日新聞・夕刊で(5月9日/5月16日)春まだ浅いこの際のレポートが掲載されました。同行取材してくれた本学非常勤講師(ものがたり観光行動学会・理事)野崎先生に、このブログでもレポートしていただくことにします。
こんにちはノザキと申します。短大では、観光のお仕事に就く際にはとても重要となる(はずの)「情報発信」についての講義を受け持っている新米非常勤講師です。それからかねてよりこのサイトのデザインと管理運営も担当していまして、李先生(以下李さん)から飛んでくる無理難題をなんとかはねつけようと努力する日々を過ごしております。
というわけで豊後大野の旅をフォト・レポートでお送りすることになりました。格調高めの内容については毎日新聞の夕刊編集長ならびにものがたり観光行動学会理事であるところの松井宏員さん(以下編集長)による記事を上記のリンクよりお読みいただくとして、できればこちらはわりとライトにまとめちゃいたいと思っておりますのでその点ご承知のうえ以下長々とお楽しみいただけると幸いです。それとこの旅は本年1月28日〜30日のものですので、だいぶん季節外れの感じもあるかもしれませんがそのあたりも〈中略〉でお願い申し上げます。
のっけから私事ですがノザキは生涯2度目の九州です。一度目はバイクのツーリングで南港からフェリーに乗り、大分に上陸して阿蘇山のほうへ向かったと思いますが、あまりよくおぼえてません。なぜなら当時は自他ともに認める雨男。ずっとずっと雨。湿気がひどいテントのなかでひたすら本を読んでいた記憶があります。しかしあのときから幾星霜、今回は飛行機で九州入りです。国内線に乗ったのはじめてです。大人になったなあと思いました。国内線ってあんなにさっさか乗れるんですね! 天気もよくて、大分空港からは迎えに来てくださった豊後大野市商工観光課の伊藤健一さんの運転するお車の窓の外を流れる、はじめての「晴れた九州」の景色をきょろきょろと眺めながら豊後大野へ向かいました。まあ案の定そのうち曇っちゃったんですけどね。
車窓の風景。九州の山並みはとても雄大にみえます。阿蘇山のせいですかね。
おひるごはんは〈道の駅おおの〉でだんご汁定食。素朴な味でおいしかったです。こういうところでもちゃんとおいしいものを食べられる土地って素晴らしい!
道の駅の売店では干しゴーヤーや干しかぼちゃなどなど、地元の農産品が。どこにでもある○○カレーとか○○まんじゅうじゃないところがいいですね。干しゴーヤーどうやって食べるのか独身男子にはわかりませんけど。
沿道の古い理容店。いや、〈理容衛藤〉の文字面がかっこよかっただけです……
若き5代目夫妻。森健太郎さんと純さん。ちなみに奥のカウンターには福助とお隣竹田市の名物姫だるまが鎮座してました。明らかに〈水曜どうでしょう〉(北海道のテレビ番組です)の組み合わせですよね……
さて編集長の記事にもあったように、まずは牟禮鶴酒造さんに向かいました。大分といえば焼酎ですね! ということはお酒を一滴も飲まないノザキでもなんとなく知ってます。牟禮鶴酒造さんはそのなかでも明治37年創業の老舗。でありながら、若き5代目が町を活性化するためのさまざまな活動をしてらっしゃいます。もちろんお酒のほうも蒸留方法にこだわったものや長期熟成のものなど、小さな蔵だからできる特徴あるものに力をいれているそうです。
牟禮は山とか丘とかの意味らしいです。昔の電話番号ってすごいですよね。
酒蔵にねむるタンクたち。
李さんや編集長がたいへん嬉しそうにご購入になってました。「荒城の月」のネーミングはお隣竹田市に瀧廉太郎さんがお住まいだったことから。牟禮鶴酒造さんは熊本国税局酒類鑑評会で優等賞を毎年かっさらっているたいへん優秀な蔵元さんです。
豊後大野は〈東洋のロダン〉と称され、明治から昭和にかけて活躍した彫刻家・朝倉文夫さんの出身地でもあります。で、どうやらその朝倉文夫さん自身が晩年、故郷に芸術の拠点をつくろうと土地を購入していたそうで、その意志を継いでつくられたのがこの朝倉文夫記念館なのだとか。館長さん曰くそこらへんで罠をかけとくとイノシシがかかるくらい山のなかにあってちょっとアクセスはよくないんですが、広大な敷地ながらうつくしく整備されている公園と、モダニズムの建築家・清家清さん(ノザキのたいへん好きな建築家さんです!)設計の記念館の佇まいがとてもよかったです。季節のよいころにのんびりピクニック気分で来たいです。
清家清さんは朝倉文夫さんのお弟子さんだったのだとか。あと朝倉文夫さんと瀧廉太郎さんはご学友だったそうで、瀧廉太郎像なんかもありました。
とても精緻に肉体の美しさと強さが表現された彫刻の数々。実物はやっぱり迫力あってかっこいいです。あと猫を題材にしたものも充実してました。
と、芸術に触れたあとはまたしてもお酒。もちろん豊後大野の魅力に触れるためにですよ。向かったのは鷹来屋(たかきや)さんという創業明治22年のこちらも老舗の造り酒屋さんです。こちらもたいへんこだわりをもった蔵元さんなのでぜひウェブサイトもごらんください。
それとこちらの鷹来屋さんは店舗のほうもとてもよい雰囲気でした。大きな冷蔵庫にずらりとならんだ酒瓶(札に特徴などがきちんと書かれてます)や、ちょっと座って試飲させてもらえるコーナー、甘酒が炊かれているストーブなどなどたくさんのコンテンツ(=情報)が店内にうまく編集・表現されていて、これはきっとお酒好きのひとはずっと居たくなるでしょうなあという空間。当然ながら李さんも編集長もたいへん嬉しそうに以下略。
鷹来屋さんとおかみさん。おかみさんはたいへん気っぷの良い方で、試飲用がないお酒もリクエストがあればばんばん封を切ってらっしゃいました。李さんが感服してましたです。
お酒の飲めないノザキですが甘酒なら飲めるだろうとごちそうになりました。これもとても風味があっておいしい! 鷹来屋さんは酒粕もめちゃくちゃ人気あるそうです。おかげさまで酔っぱらいました。ちなみに後ろにいるおじいさんも旅行者らしいのですが、我々が到着するまえからお酒を飲み続けていて(試飲?)けっこうべろべろでした。あのあとどうしたんでしょうか。
あの高千穂のすぐ隣りということもあるのか、豊後大野には伝説のようなものがたくさんあります。ノザキは割に都会っ子なんですけど、そういうお話を小さなころから聞きながら育つってどういう感じなんでしょうね。たとえばはるかむかし、この足元の地面の下を大蛇が這って美しい姫に会いにいき、そこで生まれた子供が自分たちの祖先なんだよとか。
朝イチで向かったのは千体薬師で有名な蓮城寺。千体仏は壮観なんですけども、アルミサッシのガラス戸で覆われているといういまどきたいへんおおらかな仕様となっててちょっとおもしろかったです。案内をしてくださった語り部の伊藤正信さんによると、ご自身の小さいころはこの薬師堂もフルオープンだったそうで、隠れんぼの際にはこの背後に隠れたりしたこともあったとか。
ひとつひとつ表情がちがいます。
こんな感じでサッシ。もうサッシにしちゃおうぜ!って誰かが言ったところを想像するとちょっとおかしくないですか? ないですね。マントラが書かれている字体がいい感じで好きです。おんころころせんだりまとおぎそわか。
語り部の伊藤さんの話は大分弁がガンガンまじってくる感じがおもしろかったです。関西人的には???となるのですが、実際に話されてることより、そういうところが鮮やかに印象に残ってたりしますよね。
トマレモン。明らかに新キャラです。
さきほどご紹介した大蛇伝説のある神社です。静謐で苔むした感じが神秘的でした。奥に湧き水の流れる洞窟があって、その穴自体がご神体となっています。編集長の記事にも書かれていますが、この洞窟はもうひとつ出入り口があって、お隣竹田市の穴森神社の洞窟がそれにあたるらしいです。
これは本堂のとなりにある祠。鳥居のサイズが可愛かったです。
本堂の脇の格子窓のなかを覗くとヘビが!
宇田姫神社と穴森神社のあいだくらいに樹齢約1000年、日本でもっとも古いとされるイチイガシがあるとのことで見せていただきました。
木というより、古代の生き物のような遺跡のような。よい季節にこの木のまわりに明かりを灯して、一晩中お神楽を舞いながら宴でもしたらすごい光景だろうなあとずっと妄想中です。あと看板はじゃまにならないところに立てた方がいいと思いました。せっかくの老巨樹ですからね。
せっかく記念撮影してたのに記事には使われず残念な本学准教授の李先生です。
なかには祠。
そろそろお腹がすきましたね、ということで豊後有機農園さんに向かいます。そのすぐ手前には、すごくかっこいい石づくりの橋が2本。装飾などはありませんがシェイプが石づくりにしては繊細でとても美しいうえにアーチの径間が日本で1番と2番の長さを誇るそうです。
こちらは轟橋。1934年築のもの。切り出した木材を運ぶトロッコのためにつくられたのだとか。水面からの高さも27mとけっこうあります。
轟橋から見下ろした出合橋。1938年築。こちらは周辺の住民が自分たちで資金を出し合って架けたもの。両岸の住民が出会うから出合橋なのだそうです。これはほんとに誇るべきものですね。
豊後有機農園さんのランチ。自家栽培の野菜をつかっているお料理は、どれもこれもおいしかったです。こんな食堂が近くにあったらノザキはかならず週5で通います。
あたりはずっとこんな思わず深呼吸したくなるような風景。いまこれを書いている自宅では、窓を開けても裏の家の壁しかみえません。
隣りの竹田市までちょっと足をのばして、さきほどの宇田姫神社の洞窟のもう一方の出入り口があるという穴森神社へ。
お社の奥にその「穴」が。
お清めの水がカチカチになる程度の寒さです。
写真の右手が洞窟の入口。そこで100円を入れると電気がつく仕組みですが、恐ろしいのはそれが何分間ついているのか書かれていないところ……
こういう感じでなかへ入っていけます。これ電球きれちゃったら本当にこわいですよ。足もすべります。
がんばっていちばん奥までいってみました。美しい姫さまはどこ!
というような伝説から信仰から芸術から食文化から、とにかく盛りだくさんな旅でした。そしてもちろん、豊後大野はそれらをつなぐ田園風景がうつくしい里です。
江内戸の景:大野川と田畑が広がる風景。のんびり優しい感じがいいですね。
原尻の滝:東洋のナイアガラだそうです。東洋ってもうなかなか出てこない表現ですがなんとなく好きです。李先生はこの滝の優しい感じがいいのだと熱弁を。
原尻の滝上部:確かに滝の上をこんな風に通れるところってあまり見たことない気がします。ガードレールがないのはすばらしいです。
沈堕の滝:こちらは「大分の」ナイアガラだそうです。そのスケール感大好きです。
今回は水もカチカチに凍る1月でしたが、次回はぜひ夏にいきたいです。のんびり木陰にすわって、なにもかもが陽射しにきらめく様子をぼーっと眺めてたら最高だと思います。そんな「ニッポンの故郷」豊後大野、みなさんもいかがですか? また、商工観光課の伊藤さんをはじめ、この旅に関わってくださった方々にはたいへんお世話になりました。この場を借りて御礼申しあげます。
11月7日(土)、ちよだ南光亭が無事開催されました。準備段階からチケットの販売手法などを中心に、様々な課題や改善点が見つかり、当日は客席参加いただいた皆様や桂南光さんからも来年に向け、その改善の方法について具体的なアドバイスがいただけました。
ただし、会場は皆様のおかげで終始和やかな空気に包まれ、用意した椅子席120は、ほぼ満席。学生スタッフ一同胸をなでおろしました。
もちろん高座では桂南光さんを筆頭に熱演がつづき、落語の魅力を満喫しました。以下は当日の会場レポートです。
学生は午前9時半に集合。まずは椅子並べから!! 南光さんらも11時過ぎには会場入りされました。運営に当たる学生らへの指導も熱く、皆で汗を流しました。
椅子を並べ終え、会場入り口の「しつらえ」
会場内の最終調整。南光さんのチェックは続く
準備を終え、ちょっとだけハイ・ポーズ
いよいよ開場の時間が近づきます。舞台袖や楽屋でも学生に様々な指示が飛びます。
学生は南光さん、宗助さんと「ごあいさつ」の打ち合わせ
開演前、楽屋での1コマ
男組は駅前でチラシをもって案内
アンケート回収もばっちり!!
そして開場です
今年の「ちよだ南光亭」も、学生の「あいさつ」から始めさせていただきました。桂南光さんに感謝です……そしていよいよ開演、落語が始まります。
1回生学生による「ごあいさつ」見ているこっちがドキドキ
引き続き、桂南光さんからの「ごあいさつ」……一気に会場が引き込まれてゆくのが分かります
さあ、本番の落語!! これについては、学生のレポートと共にお伝えいたします。
とても聞きやすくて、オチもわかりやすかった。落語はごちゃごちゃしていて、オチがわかりにくいというイメージを持っていたが、気づいたら私自信笑っていた。特に知恵の足りない者が空回りして上手くいかないところが、バカだなあと思えた。本当に目の前にうどんがあるように表現された。喜怒哀楽がハッキリして、顔や体を場面ごとに柔らかく使い分けられていて、自然と話しの中に引き込まれていった。
初めて生で落語を見た。出囃子が鳴り、登場してきた落語家さんは、さすがプロという風格があった。初めに吉の丞さんが、扇子の使い方として、うどんの食べ方をやってくれた時は、本当にそこにうどんがあるように見えて、思わず「おぉ!」と声を出してしまった。
演じていただいた『時うどん』は以前にCDで聞いたことがあり、分かりやすい内容で面白かったのですが、やはり、動作がついた落語は一段と面白かった。
そして、吉の丞さんの大阪弁が、本当の大阪のおっちゃん感が出ていて、とても想像しやすかった。
お金を誤魔化す行為は出来ないが、ケチな私はこの人に出会っていたら絶対実践するだろう。
まさかの聞き間違いが起こり喧嘩になったところを、上手くオチで終わらせるところにおもしろさを感じたし、笑いの勉強にもなった。笑い=大爆笑というイメージがあったが、相手をなるほど、上手いと思わせることも笑いの一つだと思ったし、それを表現することも落語の魅力だと感じた。
寿命のせいで…。手遅れだった…。なんて跡腐れない素晴らしい言い訳なんだと驚いた。今まで、医師免許を持っておらず、危ないことをするのが藪医者だと思ってきた。
だが、藪医者は大きな病気の時には呼ばれず、風邪ぐらいの病気の時にだけお呼びにかかり動き出すので『カゼ(風)で動く=藪』なのだというのを聞いて、長年の不確かな情報が確かな情報に変わった。
ここに出てくるやぶ医者の自信が、逆に不自然で、面白みとなっていた。
松公の純粋すぎる気持ちが、思わずツッコミを入れたくなるほど、おもしろおかしかった。特に旦那が言ったことをそのまま伝えるところに、不思議と笑みがこぼれてしまった。だけどこの話しのオチは、周りの人は笑っていたが、私にとって難しかったのであまり笑えなかった。オチが難しく、理解できなかったので、もう終わったのかという気持ちになってしまった。次に聞いた時はしっかり理解できるように、もっと落語を聞いていきたいと思った。
しん吉さんの舞台裏でのイメージはすごく堅いという感じだった。しかし落語が始まると、軽やかな口調で、どこかふわふわとした雰囲気で親しみがわいた。
休憩が終わり、もうすぐ開始するというアナウンスを流す為に、舞台裏に行った。そのとき、右に左に動きながら何かぶつぶつ言っていた。そのときは分からなかったが、客席にもどり見てみると、後半に出てくる長い台詞だと分かった。その台詞を早口で何度も噛まずにしゃべっていた。いくらプロといってもやはり緊張して、直前までしっかり練習していてとても感動した。いや、ここまで練習するのがプロなのかもしれない。
私自身、この落語会冒頭の挨拶をあまり練習してなかったのがすごい恥ずかしくて、とても後悔した。
トリの南光さんの出番になり、大きな拍手が会場を響き渡った。その瞬間ワクワクする気持ちが止められなかった。どんな表現で話しを進めていくのか楽しみで、聞いてみると想像以上のおもしろさだった。
しっかりした兄貴分、出来の悪い新米、酔っ払い等、どの人にも共通点がなく1人1人がはっきりとしたキャラクターだった。特徴をしっかり捉えてあったことでリアリティが増した。話し手は1人しかいないのに、座布団の上にはいろいろな人がいて、駕籠屋のはちゃめちゃな毎日がそこには広がっていた。
「間」の使い方には驚いた。間を使わずにだらだら話していたら、聞き手は飽きてしまうし、逆に間を使いすぎては話が途切れ途切れになってしまうため、話しの内容がよくつかめない。南光さんは場面に合った適度な間の使い方をしていたので、話しのおもしろさが増したのだと思う。南光さんのレベルの高さと凄さを思い知った。
いよいよ南光さんだ。やはりつかみから面白い。最初に出てきたスーツの南光さんとは別人になったような着物を着た南光さんは、これが落語家かというオーラがあった。
なぜあんなに次々と言葉が出てくるのだろう。一言しゃべるだけで、お客さんがわっと湧く。その日にあったお客さんに合わせて、話す内容を決める。こういったことが出来ると、人を魅了することができるようになるのだろう。私もいつか注目してもらえるような話し方を目指したい。
そして、話がわかりやすく、とても想像できて、妄想が得意なので細かいところまで想像してしまった。
初めて見た落語会は予想以上に面白くて、私達の年代にも分かると感じた。
来年の落語会はさらに多くの年代層を集めたいと思った。
おかげさまで、今年の「ちよだ南光亭」無事に終えることが出来ました。開場をかたづけ、長い一日が幕を閉じました。お越しいただいた皆様。桂南光さん、宗助さん、吉の丞さん、しん吉さん。そして米朝事務所の今井社長、本当にありがとうございました。ご指摘いただいた点は改善に努めますので可能であれば、来年も是非ともよろしくお願い致します。
しっかり回収してます。アンケート
男は黙って汗を流すのみ……
南光さんと最終ミーティング「来年は、こうしよう!!」
そして皆でハイ・ポーズ!!
去年の11月7日に開催し大好評を得たちよだ南光亭を、今年も11月7日(日)に開催いたします。
昨年は、往復ハガキで申し込みというもっとも原始的な手法を取り、「来年は改善を」という声を多くいただいていましたので、今年はどこからでも簡単に入手できるよう、「チケットぴあ」で取り扱ってもらうことにいたしました。
もうひとつ、ご高齢の方を中心に「駅に近い会場でやってほしい」という要望もたいへん多くありました。ということで、今年は南海高野線の急行停車駅、北野田駅から歩いてすぐ(「なんば」から約25分、天下茶屋から約20分)堺東文化会館・フラットホールでやることにいたしました。
昨年同様、200名程度しか入らない小さな会場。ですから、南光落語の魅力が、すぐ目の前で楽しめます。脇を固める出演者も、昨年に増してさらに強力・魅力的です。
チケットの販売は9月7日(火)から! もちろん、千代田短大・観光コースの学生からも入手可能です。たった200枚のプラチナチケットですが……
くわしくは、チラシをご覧ください。
最初に「ホームページ」なるものを作ったのは10年ほど前。大阪の都心で私が経営しているペンションのものを、知人の編集者に頼んで作ってもらったのでした。
恥ずかしながら、その当時のウェブに対する理解は「情報の即時発信の優位性」だけでした。しかし、その編集者は当時からウェブの特性をよく理解し、私にこう言っていました。「ウェブサイトの文章も、書籍などと同等に考えるべき。すなわち、文字情報で外部発信する際は誠実な文章表現と構成が何より重要。そこはなにも変わらない。即時性だけに注目するのは間違いです」と。
あれからずいぶん経ちましたが、最近その言葉を思い出し、「その通りだ!」と感心することしきり……なぜなら、その後3カ国語表現したサイトを新たに作ってもらい、それからはその古い方の更新はまったく行わず、破棄も同然、まったく見られていないと考えていたのです。
ところが、現在でもその古い方のサイトにアクセスがあり、意外にもよく見られているようだ、との報告を受けました。ちなみに、こんな感じです[街角のペンションLee]。
ちょっとした古さや、ほのぼの感、親近感の持てる「大阪の街ガイド」などに支持があるようです。「不器用な表現だとしても、その人の考えや体験したこと、その声が伝わるような文章には信頼感があり、好感を持たれます。そういった誠実なコンテンツを一定量積み上げていけば、時間が経過しても地道にアクセスされていくと思います」とは、編集者の意見です。
で、その編集者には今年度の後期授業からwebデザインという授業を受け持ってもらうことになりました(ちなみにこの観光コースのサイトも彼にデザインしてもらっています)。
さらに最近、またもその彼に意見されました。「そろそろブログしてみませんか」と。
そこで、今度はとっても素直に次のようなブログをはじめることにしました。名付けて……たぶん日本一小さな宿日記[http://d.hatena.ne.jp/pensionlee/]です。よかったら覗いてみてください。
4年制大学なら3回生後期からはじまる「ちかごろの就活」。様々な報道にもあるように、個人的には(わたしの子、2人もまったく同世代)とんでもなく異常なことに見え、少々異論はあるのですが、社会全体がこのようなシステムで動いている以上、この総体のなかで勝負しなくてはなりません。つまり短大(わたしのゼミ)では、1回生の後期早々には「進路を精緻に見定めなさい」と指導しています。
そこで気になるのが、1期生の現在の状況です。李ゼミの1期生中、縁故就職を表明している学生が2名。一般就職を希望している学生3名。このうち2名の学生が内定および内々定を勝ち取っています。1名については、いまだ沈思黙考中というところです。
決定した2名の行き先は、超優良な農業観光系企業と、大手旅行会社……そのものズバリの観光の現場です。これら状況を見ていて思ったことは「観光の現場で働く勇気と気概、それと少々の学力」があれば、就職戦線も怖くない、ということです。
なぜなら、4年制大学の諸君のほぼすべてが希望する「事務職」とは、完全な住み分けが出来るからです。汗を流して「働く」という覚悟があれば、ちかごろの就活にも打ち勝てる、というわけです。政府が表明している「観光の一大産業化による雇用確保」は、少々オーバーな所もありますが、全般的な流れとしては、今後5年、10年とこの流れにあるのは間違いありません。
ホワイトカラー、いわゆる事務系の職種が激減する時代に突入しているのは各種統計からも明らかで、今後ともこの傾向は顕著でしょう。つまり、なんとなく就職できた時代は終焉したのです。ですから、今後さらに「仕事への覚悟」が「若者に求められる社会」へと移行します。このような現実に目をそむけない教育が行えるか否か、大学教育にもこのようなリアリティが突きつけられています。
今年入学した1回生には、夏休み期間中の「2週間+2日」にわたってインターンシップを課します。その受け入れ先は、琵琶湖の西岸に位置し、日本で最も歴史あるヨットスクールが前身となっている、BSCウォータースポーツセンターです。
このBSCウォータースポーツセンター、その名称からも分かるように、現在ではヨットだけでなく、世界中からウォータ—スポーツを学び楽しむために多様な人たちが体験学習にやってくるところとなっています。
そんな「体験学習の聖地」に、短大の1回生が就労経験するのは、正直にいって少々ハードなこと。しかしわたし自身20代のころ、ここで多くのことを学び、様々な出会いを経験しました。また、観光を学ぶうえにおいて、ほとんどすべての要素がこの施設の持つカリキュラムに含まれていることを知っています。ですから1回生に「どうしても体験させてやりたい」と、30年来のお付き合いがある井上校長や、大原コーチに本当に無理をいって受け入れていただくことになりました。先日は、その最終打ち合わせ、校長とコーチに面談しました。
正規授業で訪れる学生たちは、もうすでに少々緊張しているようです。なぜなら、その聖地性のため日本全国から同様にインターンシップ生がやってきて、期間中はそれらの人々とともに就労体験することになるからです。そのほとんどは4年制大学の3・4回生。短大生、しかも1回生は皆無でしょう。
しかし、1回生6人の潜在能力と可能性については、ゼミ担当として日々の授業ですでに検証してありますから(勿論、まだまだなところも多々)少々しんどくても、きっとやりぬいてくれると考えています。
その様子は、またここで現地写真と共にご紹介いたします。お楽しみに!!
少々前になりますが、5/26(月)に授業で大阪のホテル2カ所を巡りました。ひとつは、USJのオフィシャルホテル「ホテル京阪USJタワー」(旧日航ホテル)です。総支配人から「ちかごろのホテル経営」についてのレクチャーを約一時間みっちりと受けた後、ホテルの裏の裏まで見学させていただきました。大ホテルの実態をつぶさに拝見することができ、学生も私も、本当に勉強になりました。
もうひとつは、大阪都心・堂島地区で今年4/22にオープンしたばかりの「エルセラーンホテル大阪」です。化粧品会社が経営するとってもチャーミングなホテルで、建設途中から興味津津のホテルでした。
こちらでは、統括部長にみっちりとレクチャーを受けながらホテルの隅々を歩きました。そのセンスの良さに、学生たちからは何度も「カワイィー!!」という感嘆の声が上がっていました。
写真の具合がいまいちですが、本学のhpにこれら様子が紹介されています。
すこし前に、毎日新聞の夕刊「訪ねたい:旅・まち・発見」の取材で新潟に出かけました。もうすでに、紙面化されて5/31(月)、6/7(月)と掲載されています。
毎日jpに掲載された記事は一定期間後に削除されるようです。その際はweb魚拓の方を参照ください。
そこにあった人も暮らしも消え去ってゆく──高度成長前夜の大阪を舞台に、蜃気楼のような庶民生活を描いた小説「泥の河」。新潟取材では行く先々でこの名作が頭をよぎりました。大阪に似ていたからです。
東方の山から陽が昇り、夕陽は海へ。大火で焼失した故あって歴史的街並みが少なく「文化を大切にしない」と誤解されています。さらに新潟西港は往時の川口・安治川や弁天ふ頭にそっくり。
ある年齢に達すると、その齢に重ねて「都市の記憶」をたどりはじめます。高度成長期にはなかった精神の娯楽ですね。新潟が愛おしく、大阪が恋しくなりました。
能力不足のためにサイトの改善が追いつきません。「やらなければならない」と、頭にこびりついている順番に……
昨年ものがたり観光行動学会を立ち上げる際、初動の「景気づけ」にと短大サイト(物語観光情報研究センター)に合体して初期紹介だけでも……と、考えたわけですが、最近では逆に「早く学会サイトを分離・独立させてほしい」と、お叱りをいただいております。とくに、4/17シンポジウムが成功裏に終わった後、顕著です。
あぁ〜、ちょっと待ってください。能力不足のほかには、まったく他意はありませんので……
昨秋、十津川の回以降、確かにこちらで紹介することはさぼっています。あの後も、「金沢・能登半島への取材」「愛媛・宇和島への取材」「沖縄・今帰仁グスクと伊是名島への取材」「岡山・美星と吉備高原への取材」と、もうすでに一年超の連載になっています。
概ね月に1〜2回ほどのペースで連載されるようですが、このHPでは取材に行ったことをお知らせする「つぶやき」程度にとどめます。というわけで、なるべく毎日新聞・月曜夕刊をお買い求めいただいてお楽しみ下さい(近畿エリア版です)。
あぁ〜、これもその通りです。ちょっと待ってぇ、能力が〜(コンテンツは揃えてあるのですが……)。
このサイトをつくってくれているN君からは、いつもこのように催促されています。しかしITセンスが著しく欠如しているボクにとって、これがなかなかの難題で、どうしても手が進まないのです。でも、そんなことをこれ以上言ってたらN君から、さらにお叱りが……
しかし、そこに救いの手というか、短大の事務局にこの4月着任されたS氏が素晴らしい方で、写真付きの授業風景や学外での活動を取材し、大阪千代田短期大学の本サイトに逐一更新してくださるようになりました。これで肩の荷が下りました。
わたしは、まったくのんきな研究室の、日常風景だけを少しずつ書き込んでゆくことに専念することにします。
この4月に入学した6人の学生たち。そろそろ2ヶ月が経とうとしています。先日「入学して2カ月、いま何思う」と題したレポートを書いてもらったので、その様子をちょっとだけご紹介します。
2期生6人は「観光」を学ぶにふさわしく、このように各地からバラエティ豊かに集まりました。自由闊達に方言が飛び交い、大阪弁も負けそうなあり様です。
この短大では、一回生入学直後から、高校の担任制にあたるようなゼミ制を敷いているのでこちらも大変ですが、そのぶん手厚い「課題のやり取り」が可能です。このため学生からは「レポート提出の手加減を」と、早くも要望が出ています。しかし、手は抜きません!!
こんな感じの「研究室より」。ぼちぼち始めます。